熊野中道古座街道紹介
古座街道 田鶴横手
古座街道 日置川 古座街道 法師峠越え 古座街道 法師峠越え 古座街道 まだら岩
ところで『古座街道』って、どこ?

古座街道 地図

古座街道は全長65㎞あり、すさみ町を通る古道があります。
好きなコースを選んで、古道ウォーク体験、草花など季節に
よって変化する自然の美しさを楽しんでみませんか。

古座街道 すさみ地図

白浜町宇津木~すさみ町佐本~古座川町福井谷




いろいろなコースをお楽しみくださいね。
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宇津木~大附コース 法師峠越えコース
  白浜町宇津木~すさみ町大附までの県道を歩く比較的
  高低差の少ない、コースとなっており、
  川沿いには四季折々の草花が楽しめることができます。
  すさみ町大附~すさみ町佐本追川までの峠越えを
  するコースとなっています。
  道幅が狭い個所があり、急な登り下りがあるので、
  登山靴等でウォークする方が安全です。
 

 
追川~深谷コース 田鶴横手佐本渓谷
周遊コース
熊野中道古座街道-田鶴横手佐本渓谷
 すさみ町佐本追川~すさみ町深谷までの佐本中心街を
 通り、峠越えをするコースとなっています。
 峠越えは道幅が狭い個所があり急な登り下りがあるので、
 登山靴等でウォークする方が安全です。
 また、初秋の頃には、『キイジョウロウホトトギス』が見る
 ことができるかも・・・。
  すさみ町佐本深谷地区~古座川町福井谷を通り、
  佐本川を見ながら、深谷にに戻ってくる周遊コース
  となっています。
  四季折々の花木を楽しむことができます。


コース利用にあたっての注意点
 所要時間には、休憩・見学時間は含んでおりません。
 路面の状態や天候、個人差で左右しますので、目安としてご利用ください。
 また、携帯電話がつながらない個所が多々ございますので、事前に現地コースの情報を含め
 無理のない計画で古座街道ウォーキングを楽しんでください。

 

 
古座街道概要

 古座街道は、寛政年間(1789年~1801年)の『熊野巡覧記 巻之四』の古座浦の項に、此川奥より田辺に出る道あり』と記されているように、朝来~古座を最短距離で結んでいた街道だった。
山間部の集落を繋ぐ生活道や林業・製炭業などの産業道路、一般の参詣者や、西国三十三箇所巡りの参詣道として利用されていた。
古座街道の全長は65kmあり、海岸部の大辺路街道と山間部の古座街道とを結ぶ幾筋もの山道が通じ、『灘』と『奥』を繋ぐ近道を利用しながら各集落間を往来していた。
また、熊野古道大辺路街道が台風などで通れなくなった時の迂回路でもあった。

 明治19年、和歌山県議会において田辺から新宮への車道路線を古座街道に建設することに決し、『熊野中道』として生活道路、産業道路として荷車が通行できる車道の整備を目指した。
佐本地区の栗垣内(くりがいと)と大附(おおつき)を結ぶ法師峠には荷車道を通そうとした明治の人々の心意気を表した『明治の新道』が遺跡のようにのこっている。
 明治22年の大水害、山間部の工事の困難、日清・日露戦争の勃発などにより、古座街道の改修工事は中止になって、周参見~佐本~古座の路線に変更されてしまった。
 明治39年から周参見~串本間の大辺路に新道建設が始まり、大正2年、現在の国道42号線の基本路線にあたる幅一間の荷車道が完成すると言う経緯があった。
 
 いつの日か古座街道は、地域から忘れられてしまい『幻の古座街道』になっていた。
古座街道の沿線を辿ると、人々が忘れてしまった『熊野の原風景』を見ることができる。

           


 

有名人が訪れている!?
●作家 司馬遼太郎の本「街道をゆく8」に、古座街道が紹介されています。
 古座街道紹介の文末に
 『古座川七里の旅は、Kさんのおかげでじつに楽しかった。しかし私に民俗学のの素質がないために、
 ほんの一世代前に存在した若衆組の実像を十分にとらえることができず、その点が、やや心残りで
 あるような気がする。』と書かれています。
 司馬遼太郎さんも、もう一度、古座街道を散策したかったのでしょうね。

 ☆司馬遼太郎
    1923年大阪府生まれ。大阪外事専門学校(現大阪外国語大学)蒙古科卒業
    1960年『梟の巣』で直木賞受賞、1975年芸術院恩賜受賞、1993年文化勲章受章
    主な作品に『燃えよ剣』、『竜馬がゆく』、『国盗り物語』、『街道をゆく』シリーズなどがある。



●歌僧 天田愚庵が、西国三十三所霊場巡り時に古座街道で道に迷った。
 と文献に書かれています。

 町界の尾根付近で迷い込み、現在の洞谷トンネルの上を通って将軍川付近まで歩き、
 杣人(そまびと)に道を教えてもらったとか・・・。


 ☆天田愚庵
    本名、甘田久五郎、後に五郎と改名
    嘉永7年7月20日生(1854年8月13日)~明治37年51歳逝(1904年1月17日)
    幕末、磐城平藩士、勘定奉行であった甘田平太夫の次男として生まれ、戊辰戦争(15歳時)で、
    行方不明となった父母妹を探す全国巡りの旅に出るが、ついに巡り会える事はできなかった。
    青年時代は、政治活動に奔走。義俠人清水次郎長の養子となったこともある。
    明治26年(1893年)9月20日に京都を発って、伊勢路、熊野三山、古座街道、高野山、西国三十三カ所の霊場を巡り、
    京都まで旅した『巡礼日記』を残している。




【参考文献】

  ・いなづみ第6号(すさみ町文化財冊子) 著:すさみ町教育委員会
  ・いなづみ第9号(すさみ町文化財冊子) 著:すさみ町教育委員会
  ・すさみ町誌 上巻   著:すさみ町誌編纂委員会
  ・すさみ町誌 下巻   著:すさみ町誌編纂委員会
  ・日置川町史   著:日置川町編纂委員会
  ・熊野中道 古座街道 四つの峠越えと石仏を巡る 著:小板橋 淳
  ・熊野中道 古座街道 四つの峠越えと石仏を巡る 増補改訂版 著:小板橋 淳
  ・古座街道おはなし絵地図 著:生駒 和歌子
  ・地図、空中写真閲覧サービス 国土交通省 国土地理院
  ・南紀熊野ジオパーク ホームページ 南紀熊野ジオパーク推進協議会


【監 修】

  神保 圭志  串本町文化財保護審査委員、熊野古道大辺路狩り開き隊
          和歌山世界遺産マスター、和歌山県立自然公園指導員
          古座川町やどやの会LLP、南紀熊野ジオパークガイドの会会長

  君嶋 栄作  すさみ町商工会 経営指導員(地域振興担当)








お問合せ先
NPO法人 魅来づくりわかやま
〒649-2621 和歌山県西牟婁郡すさみ町周参見3363-3
直通TEL 0739-55-3281



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